推薦の言葉
元韓国芸術文化団体総連合会会長 辛相津さん
『デュオ三木よ、いつもSwanでいてほしい。』
「これからも、もっとケンカをなさってください」・・・。一瞬、会場の皆様はけげんな顔をして私を見つめました。
それもそのはず、三木ご夫妻のめでたい福山文化賞受賞を記念する席上で、私が述べた祝辞の冒頭だったからです。
でも次の私の話で、皆様の緊張した表情は笑顔になり、うなずきはじめました。
私は、ご夫妻と知りあってすでに30年近くなりますが、いつお目にかかっても、おしどりのように睦まじく、
お二人の間には、すき間風も通れません。
デュオ三木を組んで奏でるヴァイオリンとピアノの素晴らしいアンサンブルも。うるわしい、愛する仲であってこそ
創れるものと思います。
芸術の世界、特に音楽の領域は厳しく、刻苦の努力がなければ究極の頂点に立つことはできません。
私はお二人には、更にお互いの音楽を磨き、それを調和させ、奥深い音の世界を彩る音楽家であってほしいのです。
お二人が目指す音楽の、レベルアップをもたらす為に、ケンカ(論議)はあって望ましいものです。異見の調節とは、
和音の波にのる新しい顕化(けんか)なのです。
季節は櫻の花が咲く頃になりました。デュオ三木もお好きな韓国の古都、慶州の普門湖畔を思い浮かべながら、私は
ふと、気高い一対の白鳥を思い描きます。
デュオ三木よ、いつもSwanでいてほしい。
元東京芸術大学教授 日高毅先生
溢れる才能を有する者は、時として、規格の枠にはまらない。
彼らも、国立大学の枠のなかに収まることには、あちこち規格外で、
自ら自由の道を選んだ。茨の道になることを知りながら
枠のなかの息苦しさを嫌い、茨の道の自由を選択した。
瀬戸内海の島々はものとより、モンゴルの大草原に至るまで、
彼らの音楽を求める人がいれば、どこまでの出向き
人々と語り合い、人々に音楽の素晴らしさを伝え、
人々と共に音楽を楽しんでる。
彼らのひたむきな音楽を一人でも多くの人に聴かせていたい、
またそれにより、一人でも多くの人に音楽を好きになってもらいたい、
と切に思っている。
元福山市野上保育所 所長 飛田美保子先生
早いもので「デュオ三木」に、私が勤務する保育所においでいただいてのコンサートももう20年を超えようとしています。
当時コンサートは、まだまだ大人のものでした。しかし幼く感性の鋭い時こそ本物に触れる経験が大切なのだという先生方の
強い信念の下、決していいピアノがるととはいえない保育所にも気軽に足を運んでくださいました。
当初は、子供たちが静かに聴けるだろうかという心配がりましたが、演奏が始まると子供たちは見事に集中して聴き入ります。
これがプロなのだと改めて実感したものでした。
目の前で演奏していただくことに加えて、登志江先生の衣装も子供たちを惹き
つけました。そして曲の合間には健嗣先生の絶妙な話術にのせられ、思いっきりリラックスします。
この頃ではそのノリに遅れ
まいと待ち構えている様子さえ伺えます。聴き方が上手くなったなあと思う瞬間です。
回を重ねると、「少し長い曲だけど聴ける
かな?」「静かな曲はどうかな?」という先生の挑みに、子供たちも張り切って応えようとします。そして「上手に聴けて
ビックリ!」という先生方の表情に満足感・達成感を味わっています。
このような揺るがす体験だからこそ、たとえ年1回の経験
であっても、翌年もその次の年も覚えていて楽しみに待てるのだと思います。
元福岡市香稚幼稚園 園長 井波勝与先生
福岡の香稚幼稚園との出会いも20年になり、隠居した私は母と子のコンサートは忘れられない宝物です。
三木先生との出会いで、エネルギッシュに遊び動く子供たちの集団が、生のクラシック音楽を聴く機会に恵まれました。
信じられない夢のような事でした。今でこそ、小さなグループの演奏を公共施設やビルの広場で聴くこともありますが、
静かに出来ない子供たちが気軽に楽しむ等、考えられませんでした。
初対面は興奮と緊張でいっぱいでした。子供たちは、美しいドレスの裾をさわり、キラキラと輝いた目で聴いていました。
子供たちに真挈に向き合って演奏なさるお二人に心打たれました。この時の充足感は20年後の今も同じです。この感動を
一人でも多くの方に味わって欲しいと願いますと共に、ご夫妻のご活躍を祈念しております。



